こんにちはトヨクニです。今回は愛知県豊川市に存在していたとされる「城の腰城」について書いてみようかと思うよ。こちらに訪問したのは2021年6月頃だったかな?地図で示すとこの辺りになる↓↓↓
市街地から離れた山に囲まれた場所ではあるが山奥という程ではない。地図にも載っているがここから少し北へ行った所に何年か前に訪問した萩城がある。
国道1号線から県道332号線に入りそこから車で10分くらい走った所にある。城跡は県道沿いにあるのだが看板なども無いのでちょっと分かりにくく事前に調べておかないと通り過ぎてしまう可能性あり。駐車場は無く県道もそれなりに車通りがあり道幅もそんなに広くないのでココへの路駐は止めた方がいいかも。なので俺は城のある場所から少し手前を左に曲がり、保育園のある道の所に路駐してそこから歩いて現地まで向かった。
城の入口には石碑と祠があり、石垣なんかも確認出来たが当時のモノかどうかは分からない。丘に上がる通路があるのでそれを昇ると細長に開けた所に出たが、この辺りに城が存在していたのだろうか?
城郭構造についてはよく分からんが、周辺の地形と比べてこの辺りだけ妙に盛り上がっているようにも見えるのでもしかしたら搔揚式の城だったのかも。空堀や曲輪なんかも備えらてそれらの遺構も残っているらしい。俺にはちょっと分からなかったが…
案内板とかは無いのでサイトで城の歴史について調べると築城された時期は不明であるが永禄年間(1558~1570)の頃には既に存在していたようだ。築城主は奥平勝次という者で後に萩城も築城させてそこに移り住んでいる。
周りを見た感じ、城の腰城は防御に適した場所ではなさそう。なんで普段は城の腰城で過ごし有事の際には山にある萩城に立て籠もったのかもしれん、そんなに距離は無いしさ。城に関する歴史についてはこの位しか分からないので実際にこの城で戦闘があったのかどうかは知らんけどね。そんな訳で・・・
攻略難易度★
ノラネコと申します。色々と思うところがありましてこのようなブログを始めてみました。学がないので稚拙な文章ではありますが、内容が伝わってくれれば幸いです_(._.)_
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