岩略寺城に行ってきた話

三河の城

こんばんはトヨクニです。今回は愛知県豊川市長沢町に在ったとされる岩略寺城(がんりゃくじじょう)について書いてみようと思います。訪問時期は2020年5月頃だったと思います。

書籍「愛知の山城ベスト50」によりますと岩略寺が築城されたのは1458年(長禄二年)で築城主については不明なようです。現地の案内板には正確な築城時期は不明だが城郭構造から室町時代後期だろうと書いてありました。この岩略寺城なんですが、山一つを丸々要塞化した巨大な城で遺構類なども多数残されているのですが、その歴史については謎な部分が多い城でもあります。

古い書物には「長沢山城」とも呼ばれていたらしいのですが、ここからすぐ近くの麓辺りに「長沢古城」と呼ばれる城跡があるらしくどちらを指すのかは分からないらしいです。まぁそこもその内に行ってみますが・・・

先に書いた長沢古城も含めてこの辺り一帯は長沢松平氏が支配していたようですが、岩略寺城については誰が城主だったのかは分かりません。山の上にあるので居住の為ではなく緊急時に籠るために存在していたのかもしれませんね。この辺りは現在も国道一号線が有る東西を結ぶ交通の要衝ですから戦乱期には色んな勢力に狙われた事でしょう。徳川家康が三河を統一する辺りまでは割と重要な軍事拠点だったと思われるのであそこまで巨大な城郭になったのでしょうかね?

山頂までは車で行けますので山城ではありますが攻略難易度はそこまで高くはないと思います。途中で獣避けと思われる柵で道を塞がれてますが開閉可能です。道は舗装されていますが木々に覆われていて昼間でも薄暗くちょっと不気味でした・・・広い城郭ですが鳥瞰図を片手にして見て回ったので迷うことはなかったですがこの日は曇っているせいもあり何か薄気味悪いモノを感じてしまいましたね。遺構の状態は悪くなくそれぞれの場所に案内板も立っているので分かりやすかったです。所々に井戸らしき穴がありましたがこれは落とし穴という説もあるみたいです。

ホントは全部見て回りたかったのですが途中からどうも気分が落ち着かなくなりましてね・・・主郭辺りを探索している時に地面から動物の角(骨?)らしき者が突き出ておるのを発見してしまいまして、怖くなってしまいそのまま退散してしまいました。ですので実際に見て回ったのは半分くらいじゃないですかね?まぁ俺の場合は城巡りが目的ではなく城跡まで行くドライブを楽しむのが目的なので今回はこれで良しとします。一応はある程度は散策しましたしね、そんな訳で・・・

攻略難易度★★

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