明知城に行ってきた話

尾張の城

こんばんはトヨクニです。今回は愛知県みよし市明知町に存在していたとされる明知城(みょうちじょう)について書いてみようと思います。こちらに訪問したのは10年以上前だったと思います。

サイトからの情報によりますと原田親種という者が築城させたようですが時期については不明です。親種は九州地方の戦国大名だった大友氏の家臣だったようですが、その後は三河に移住し松平清康(家康の祖父)に仕えたみたいです。そうなると築城されたのは16世紀前半の享禄から天文年間の辺りになるのでしょうかね?俺の勝手な想像ですが、清康が積極的に勢力拡大するために動いていたのはその頃になりますので。

木の奥にある民家の辺りに存在していたそうです

その後も原田氏は松平家、そして徳川家に仕え続けて各地の戦場で武功を挙げたといわれていますが明知城に関する情報はないみたいです。現在は宅地に変わっていまして遺構類などは残っていません。最初は「あけち」と読むかと思っていたのですが違ってましたね。グ-グルで城名だけで検索してしまうと岐阜県の明智城が出てきますね。やはり知名度は圧倒的にそちらが上なんだな、まぁこちらもその内に行くこともあるでしょうよ。

城跡辺りを挟むように流れる水路 

この辺りは車停めれる場所が無いので近くのコンビニ駐車場に停めさせてもらい10分程歩いて現地に向かいました。んで散策してみたのですが、やはり城の痕跡は残っていなかったですね。城が在ったとされる場所は民家になっており周辺の地形から城郭構造は平城か屋敷だったと思われます。地図にも載っていますが、近くに河川があり城はそこに注いでいる水路みたいなのに挟まれていますね。これは当時のモノなんでしょうかね?もしかしたら空堀だったのかもしれませんね。まぁたぶん違うと思いますが・・・

攻略難易度★

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