おはようございますトヨクニです。今回は2020年2月に訪問した深溝城(ふこうずじょう)について書いてみようと思う。ココは仕事中に会社トラックでこの周辺を走っていた時に偶然にも見つけた城跡だったんだけどね、さて何があるのだろうか?城の所在地は愛知県額田郡幸田町。幹線道路から少し外れた所にあり周辺は住宅地だったな。城があったとされる場所には工場らしき建物があったが
深溝城は14世紀初頭に大庭氏によって築かれた平山城である。資料によっては13世紀中葉というのもあるがいずれにしてもこの辺りはハッキリしない。その後、1524年(大永三年)に松平忠定によって城は落とされ、それ以後も松平氏の支配下が続いたが1612年(慶長十七年)に城主であった松平忠利が転封により吉田城へ移ったことにより松平氏の支配も終わる。ついでに城としての役割もこの時点で終わったようだ
1614年(慶長十九年)に入ると今度は板倉氏が入り、以後は深溝藩の陣屋として明治維新を迎えるまで使われる事になる。現在は城の跡地には工場が建っており城の遺構は残っていないが、片隅に石碑と案内板が建立されている。尚、陣屋だった頃の遺構が近くの寺に移設されているらしいが未確認である
仕事中に近くのコンビニで休憩していた時にグ-グルマップでこの辺りの地図を見ていたら深溝城の印があったので急遽行ってみることにした。全くの余談なんだけどさ、最初はこの読み方が分からず「ふかみぞじょう」と呼んでいたけど・・・初見でこれを正しく読める者はいるのだろうか?
幸田町を南北に走る国道248号線、「深溝中池田」の信号を曲がり少し入った所に深溝城はある。城の跡地には三協幸田工場があり、その一角に石碑と城に関する案内板が建てられていた。周辺は宅地になっているのだが、地形的に見ると工場の辺りは少し小高い感じになっているかな?もしかしたら城跡の名残りなのかもしれない。道路沿いにあるので自由に見学できるし路駐になるが車を停めれるスペースもある、探索にそんなに時間はかからないし車通りもほとんどないので咎められる事もないだろう。
城が存在していたとされる工場周辺を散策してみたが、田畑や住宅があるだけで遺構らしきモノは見当たらなかった。風のウワサによると工場の敷地内に土塁の一部があるらしいが、外からは確認できなかったし流石に中に入って確認するわけにもいかないからね、城跡に行ければそれで充分満足だし今回は諦めることにしたよ。あとココの城主の一人が長篠の戦いに参加しておりそこで戦死してしまったのだがそれを祀った神社だか墓が現地にあるらしいよ。探索に掛かった所要時間は約15分位だろうか?他のサイト情報によると同じ名前の城郭がこの幸田町内にあるらしいのだが、遺構なども無くあくまで伝説的な感じらしい。そんな訳で・・・
攻略難易度★
ノラネコと申します。色々と思うところがありましてこのようなブログを始めてみました。学がないので稚拙な文章ではありますが、内容が伝わってくれれば幸いです_(._.)_