行明城に行ってきた話

三河の城

こんばんはトヨクニです。今回は愛知県豊川市行明町存在していたとされる行明城(ぎょうめいじょう)について書いてみようと思います。こちらに訪問したのは2021年6月です。地図で示すとこの辺りになります↓↓↓

行明城の築城時期などは不明ですが、サイトによっては建久年間(1190年~1199年)頃に星野日向守が築城させたと書いてありました。その後も星野氏が城代を勤めていましたが、南北朝時代になり星野行明が城主だった時に三河守護代の仁木義長によってその所領を没収されてしまい、一時は城を追われてしまいましたがその後は巻き返しを図って所領を回復したとも言われています。その時にまた城主に返り咲いたのでしょうね。

その後はまた没落してしまったのか?この辺りの支配者の名に星野氏以外の名前が見られました。その間に城はどのような状況だったのかは全く分からず廃城時期なども不明です。現在は城が在ったとされるには場所は豊川放水路が通っており既に消滅してしまっているが、堤防脇にある民家の敷地内に土塁の遺構が残っているそうです。

車を堤防道路の脇に停めて探索してきましたが周辺を見た感じ、城らしき痕跡は全く見当たりませんでした。土塁の遺構とも言われる場所にも行ってみましたが、雰囲気的にぁの辺りは多分私有地だと思われるので中には入らず離れた場所から写真撮影するのみに留めておきました。他のサイトでみる限り遺構の状態はあまりよろしくないように思われます。

それと城とは関係ないですがこの近くに「羽衣の松」と呼ばれる松の木が植えられていまして、そこに羽衣の松伝説に関する案内板と石碑が建っていました。伝説の内容についてはどうでも良かったのですが、文面の中に星野の名前が書いてありましたね。城主だった星野氏と関係があるのかは知りませんがね。そんな訳で・・・

攻略難易度★

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